ワクチンを打つ順番が回ってきた人が多くなるにつれ、ワクチンについてますます色々なことが言われている。

私もこの前(たしか先々週)ワクチン接種券が届いた。基礎疾患持ち(睡眠時無呼吸症候群)なのでやや優先して受けられるらしい。実は届いてすぐにどこかにやってしまったのだけど、今日ベッドのそばに落ちているのを見つけた。10日以上も放ったらかしにしている。なんともやる気のないことだが、接種券をどこかにやってしまったのは新しい物のやり場を考える余裕もなかったからだし、それからずっと探す余裕もなく、さっきようやく余裕ができたのだ。探してみれば心当たりは普通にあるので数秒で見つかった。

しかしこれ、基礎疾患の中に「重い精神疾患」とあるが、その要件のひとつに「精神障害者保健福祉手帳を所持している」というのがある。私はこれも持っているのだけど、正直言ってことさらに重い精神疾患ではなく、等級も3級だ。3級はわりと簡単に取れるイメージなので、持っている人は「重い精神疾患」という表現と自分自身のギャップに戸惑い、迷うかもしれない。とはいえ、私は双極性障害二型で現在はすっかり安定しているけれども、ひどかった時を思い起こすと確かにコロナにかかったからといって助けを求めることもろくに出来ないような気がする。なので3級でも十分なのかもしれないが、私はその前に睡眠時無呼吸症候群をやっているので迷うこともなかった。

職域接種も身近で始まっている。明日には特定業務に携わる同僚や上司がいくらか一回目を打つ予定だ。わたしも受けようかと思ったが、まあ職場で打つより家の近所で打ってそのまま一日休みを取りたいと思った。みんな考えることは同じで、打った日はそのまま有給休暇をとるらしい。種々の副反応があることはもう周知されているからだ。翌日に副反応が来ることもあるらしいので、そういう場合はまあしかたないけれども。

そんなわけで職域接種は遠慮したものの、自治体のは予約を取らないといけない。予約を取るのは面倒だ。祖父母の接種時に予約を取るのに苦労したと地元の母が言っていた。なんでも電話は全く繋がらないし、ネット予約も日付が変わった瞬間に滑り込まないといけなかったらしい。大分県でそんな状態かと驚いた。ライブのチケットか。うちの自治体がそれと同様かは知らないが、そういうのを抜きにしても予約は面倒だ。元来面倒くさがりだから。

ワクチンについてあれこれ言われていることについては、あまり深入りしないようにはしているが、まあ公衆衛生の観点から見れば全国民がワクチンを打った方が良いとは思う。思うが、それは現実的に不可能だし、そもそも打たない自由もあり、公衆衛生以前に個々人の健康の問題である以上、その選択は尊重されるべきだろう。

また、公衆衛生とは言ったが、それは死者や重症者が減り医療負担が軽減されるという意味で述べているに過ぎず、コロナが消滅し元の暮らしに戻るとかそういう話ではない。

実際、ワクチンに希望を持ちすぎるのは避けた方がいいかもしれない。ワクチンは免疫を獲得する手段に過ぎず、免疫には個人差があるため、全く感染しなくなるという類のものではそもそもない。感染する人がいればウイルスはそこで繁殖し生き長らえるし、変異も起きる。また、ギリシャ文字の当てられた変異株はラムダまで来ており、ワクチンが全然効かないような変異株がいつ生まれてもおかしくない。

そういった話は私が勝手に考えているだけのことだが、ワクチンがすっかり普及したイスラエルでも再び感染が拡大するなど他国の状況を事実として見ると、どうやらワクチンが普及してもコロナは収まらないというところに落ち着くのではないかと思う。ワクチンがもたらすのはウィズコロナの未来で、そこでは相も変わらず年中マスクをつけている風景が続いているだろう。

とはいえ社会など無視して個人の健康という観点で見れば、ワクチンを打つことでリスクは格段に減ると思われる。思われるというのは、まだ長期的な影響を判断するにはあまりにも早すぎるからだが、ワクチンを打って取り返しのつかない薬害にあうリスクよりは、ワクチンを打たずにコロナで重症化するもしくは後遺症が残るリスクの方が遥かに大きいように思われる。これも定量的なリスク評価とかではなく完全に私の肌感覚でしかない。

なので当然、ワクチンを打つリスクをコロナのリスクより重視する人がいるのはおかしいことではない。そういう人の考えは、例えばコロナのリスクの方が遥かに大きいという専門家の分析を見せれば変わるだろうか?私はあまりそうは思わない。

まず心理的な話として、行動しなかった失敗よりも行動した失敗の方を恐れる人というのはいる。私もそうだ。ワクチンを打たなくてコロナにかかった、なら極論コロナのせいにできる。向こうから勝手にやってきたのだ。しかしワクチンを打って失敗したとなると、打つことを選択した責任が発生する。本当は前者でも打たないことを選択しているので責任が発生するのだけど、行動しないという選択の責任は実感しづらい。

これは副反応の話とも関連してくる。副反応は現に軽微なものがよく見られているし、重篤な物もまれに報告されている。事実としてこうしたことがあると、打ちたくないと思うのも自然な反応の一つだ。副反応のリスクを承知の上で打つことを選択する、というのはハードルが高い人もいるだろう。

また前述したように、ワクチンの影響についてははっきりわからないことが多い。新しいワクチンで、緊急的に実用化されているから仕方のないところではある。特に長期的な影響については全然わからず、ワクチンの成分やメカニズムから推測しかできない。私はおおむね問題ないと推測しているが、十分に検証できているかという点を重視するなら、信用しきれないと警戒するのは当然だろう。実際薬害というものは色々な要因があり、すぐにはわからないこともあるし、作用機序や効果とは関係ないところで想像もつかないことが起こってたりする。現代の品質管理下でこれだけ使われていてそんなことは有り得ないと思うが、例えば有害な不純物が入っていたりすれば薬害は起こり得る。

ちなみに副反応についてだが、そもそもワクチンとは関係なく注射の方に反応するケースもあるだろうとは思う。一応注射は僅かな針といえど侵襲性のある医療行為だし、注射後に心因的な反応を起こすこともあるだろう。

眠くなったので続きはまた今度書く……

かもしれない。