ロシアによるウクライナへの侵略が始まってもう一か月くらいになり、その間食傷するほどに言われ続けていると思うのだけど、今のロシアと過去の日本がめちゃくちゃ被って見える。満州事変以降の日本だ。

子供のころは歴史漫画が好きでよく読んでいた。学研とかのあれだ。ちなみに歴史漫画が好きと言うのは自分の周りではかなり陰キャ寄りな趣味で、身の回りではあまりいなかった。なのでひょっとすると大半の人は義務教育で右から左へ流すだけであまり歴史には興味を持たないまま大人になるのかもしれない。自分も中学には途中から行かず、高校も進学校ではなかったために学業での歴史はサラッと流すくらいだったので、子供のころに歴史漫画を読んでいなければ、今回のウクライナ侵攻と満州事変を即座に結び付けることはできなかったかもしれない。

今のロシアを見れば、当時の日本を客観的に見るとこんな感じだったんだなというのがよくわかる。
自分の受けた反戦教育では戦争の悲惨さや国民が本土で受けた被害を教える割合が多いため、反戦の気持ち以上にどちらかというと被害者意識を育てる結果になっていたような気がするけれども、現実には日本は紛れもない侵略国家だった。侵略国家・加害者としての日本について、少なくとも自分の受けた教育の中ではきちんと描き切れていなかったように思う。まあ実際それをしようとするといろんな障害があるのだろうけど、その欠落した側面を今実例を持って疑似的に見せつけられているという感覚がある。
欧州評議会脱退など、いよいよ「我が代表堂々退場す」みたいなことまでやり始めてしまい、ロシアは日本の黒歴史再現マシーンと化しつつある。ある意味日本人にとっては自国の歴史を顧みる良い機会と言えなくもない。

また、先日ゼレンスキー大統領がアメリカ向けの演説で真珠湾攻撃に触れたことを聞き、反射的に不快な気持ちになってしまった。ことさらに愛国的な思想を持たない人でも、同じ気持ちになった人はけっこう多いのではないかと思うのだけど、しかしこれこそが日本の反戦教育で欠落していたものの表れだと思う。個人的には、自分は日本のそうした加害国としての評価を(ウクライナ侵略を経て)ある程度理解していたつもりだったので、その上でなお不快感を抱いたことに我ながら衝撃を受けてしまった。

今のロシアを見ていると、ここから国際社会へ復帰することは容易でなく、今後を心配する声も聞こえる。これは過去の日本についても言えることなのだけど、日本においてはぱっと思いつく限り、敗戦、原爆投下、本土占領、憲法九条という要素が現在の国際的立場に寄与していると思われる。特に侵略国家という見方に対しては敗戦と憲法九条の存在が対抗要素として大きい気がする。
なるほど今のロシアを見ていると、憲法九条と言うのがどういう役割を果たしてきたのかがよくわかるし、仮に今後九条を削除ないしさらに無力化し軍備増強をしていくのであれば、日本がどういう目線で見られるのか(そして日本を侵攻する場合はそこが大義として利用されるだろう)というのもなんとなく想像できる。侵攻を止めるほどではないものの、ロシアが今大変な制裁を受けて弱体化しているのを見るに、日本も国防の上では国際連携に頼るしかないのだろうと思う。その点ではウクライナに日本(の国防)を投影する気持ちもわかる。

何回か言ってきたけれども、自分は昔いわゆるネット右翼の思想に染まっていた(というか、当時インターネットの一部で主流だった考え方全般)。若気の至りと言うにしては冗談で済まないところがあるのだけど、ただそのおかげで、そういう思想に近づいてしまう心理というのがそこそこわかる。最も大きいのが被害者意識と欠損感覚であり、国と自分の同一化というのもそこに加わってくる。これについて詳しく書くのは別の機会にするけれど、この被害者意識と欠損感覚というのは、反戦教育と憲法九条によって作り上げられた面が大きいと思っている。
加えて被爆国としてのアイデンティティは核への嫌悪よりも核への憧れを生み出し、今回も核共有をぶち上げる政治家がいたけれど、それも一定の支持を得てしまう。このような核への憧れは、例えば原子力発電への支持感情にも関わってくる。原子力発電は必要なものだと思うが、少なくとも一時期の自分は、必要性よりも核への憧れが先に立って原子力発電を支持していた。合理的な理屈の裏で合理性からかけ離れた感情が動いていることは、何事にもあると思う。
何にしても、過ちの反省を後世に伝えるための物事が、逆に過ちへの憧れをもたらすこともあるのは皮肉な話だと思う(もちろん正しく反省が伝わることもある)。個人的には前述のとおり、反戦というか歴史教育の方はもう少し日本の加害性をきちんと伝えられないかと思うのだけど、昨今はむしろ日本の加害性を薄めようとする向きの方が強いだろうと思う。加害性を伝えるというか、どういう国と思われていたのかという客観的な視点をもっと高い解像度で教えてほしかった。しかしある意味それは、今回のロシアみたいなもんだよという一言で済むようになったのかもしれない。

今回のロシアを見て、自分は日本がどう見られている(いた)かをちっとも理解していなかったというのがわかった。今のロシアを見ればよくわかると書いたけれど、多分それも言い過ぎで、無知の知というレベルだと思う。少なくとも、今後トンチンカンな自国観を外国人に披露することはしないようにしたい。
あとまあ、やっぱり憲法九条は必要だなと思った。