ネットの基本的な使い方とかネットリテラシーの教育とかで、「ネットリンチに加担しない」を教えたほうが良い気がします。

内心だけでも安易に特定の一個人を悪者と見なすと、なかなか引っ込みがつかなくなります。まして実際に攻撃してしまうとなおさらです。
また、炎上に言及するだけでも加担してしまいます。例えば炎上が根本的に誤解やデマに基づいていたら、それに気付かずに知ったふうなことを述べてしまうと恥をかいてしまいます。
誤解やデマでなくとも、大勢から悪者と見なされた人が実は別にそこまで叩くほどでもない、むしろネットリンチで攻撃するほうが相対的に悪さが上というのはよくあります。
そうした逆転の恥をかきそうになると、相手をどうにかして社会的に破滅させないと自分が悪人になってしまうので、意地でも誤解やデマを真実として擁護したり、新しく許せない理由探しをするようにさえなります。それって客観的にめちゃくちゃに恥ずかしい振る舞いですよね。
言及だけでなく、内心だけでも特定の一個人を悪者と見なしたあとにそれが間違いだった場合は、恥ずかしくなり似たような心の動きをしてしまいます。つまり逆に言えば、内心で触れるだけでも加担に準じた関わりを自分の認知の中に作ってしまうわけですね。

一度人を攻撃してしまえば、相手が悪いことにするためにさらに殴り続けるか、自分が悪いことにして損をするかの二択になってしまいます。攻撃さえしなければそこにはなにもなかったわけで、自分の認知の中で自らの選択肢を奪うことにもなります。

そもそもまずは何が攻撃や誹謗中傷にあたるのかという認識が足りていない。基本的なことなのに。

ネットリンチに加担しても良いことはありません。他人を見下したり殴ることからは、仮初めの優越感と安心は得られますが、所詮は気のせいです。別に人を殴ることで自分が誰かに認められるわけではないですからね。剣闘士なら別ですけど。
デマや陰謀論にひっかかるならまだバカだなで済むこともありますが、個人攻撃はもうパッと見で印象が悪すぎます。
ちなみにインターネット剣闘士みたいな人も確かにそこそこインフルエンサーとかにいるので、そういう人を止める論理を自分は持ち得ていないです。あくまでそういう商売で日銭を稼ぐ術を持たない一般ピーポー向けですね。

そんな一般ピーポーにとって、インターネットでは慎重さと、保留する勇気と、距離を取る自制心が大事です。デマでも陰謀論でも詐欺でもなんでもそうです。何かを知ろうとするより何かを知らないままにすること、何かを語るかより何を語らないかの方が遥かに重要です。
無知でいろ、沈黙しろというのではなく、この情報過多の環境で、情報からの引き時を見極めるということです。中でもネットリンチなんて、一応騙しにかかってくるデマや陰謀論なんかと違って、最も見極めるのが簡単な部類です。逆に言えばネットリンチに加担する人はその能力が極端に落ちているということになります。だから冒頭のとおり、ネットリンチに加担しないことはまず覚えることの一つにした方がいい気がします。

この辺の誹謗中傷やデマ陰謀論に加担してしまう心理は、事あるごとに何回も言っていますが、承認欲求の不満が原因だと考えています。承認欲求が満たされない理由は人それぞれなので、共通の原因と見られるレベルは承認欲求まででしょう。承認欲求の不満とは、社会から排斥される不安やアイデンティティの喪失とも、見える面が違うだけでほとんど同じものです。

そうしたことと無縁の人はおそらくあまりいないかと思いますが、そうした仮初めの優越感で安心を得ることは、巡り巡って自分を傷つけることになります。だって誤魔化しですからね。それでなおかつ人を不幸にするようなことをしているので、得する要素がありません。誰も彼もが損をする羽目になります。
国に例えるとよくわかると思うんですが、国民の不満が高まると移民や仮想敵国への不安や嫌悪を煽ってガス抜きをする国家のようなものです。
ちなみに何度も言ってきていることですが、例えというものは必ず本質からずれてしまうレトリックであり、言うなれば詭弁のようなものなので、そのままわかった気にならないように。

まあそんなところです。
賢くあろう、騙されないようにしよう、と思う必要はありません。むしろそうした解き明かそう・見抜こうとする姿勢こそ隙になります。情報との距離の置き方です。直接関わりのないことにあまりのめり込まないようにして、現実の人付き合いや趣味を増やしましょう。それが無理ならスマホ抜きで頭を空にして散歩やひなたぼっこをするのもいいですけど、ちょっと上級者向け。
自分もそうなりたい。