昔自分はアイドル部が好きだった。それは前にも書いた。投稿を消してしまったかどうか覚えてないけれど何回も書いたし、ツイッターでもアイドル部の話ばかりしていた。

好きだった期間はおおよそ1年弱。18年7月に好きになり、熱狂的にハマった後、年明けくらいにはやや冷めていたけれど、アイドル部が少しでも出演するリアルイベントには18年9月のよみうりランドから19年9月のFAVRICまでほとんど欠かさず行った(19年9月のDIVE XRだけは海外旅行と被って行けなかった)。そしてだいたい19年夏頃にはあまり配信を見なくなっていた気がする。
何度も書いた話はこれくらいにしておいて、自分にはアイドル部から学んだことがある。基本的な事だけれど、無意識にまで根付くのは意外と難しい。

・Vtuber(やキャラクター)の向こうには、自分と同じ現実の人間と現実の生活が存在する

まずなぜアイドル部からこれを学んだのかというところから話すと、古参のアイドル部ファンならけっこうわかってくれると思う。アイドル部はファンメイドで発達したグループだったからだ。特にニコニコ動画が強かった。
切り抜き・まとめが活発だったのもあるが、配信やTwitterなどでのネタを活かしたMADや、そこから発展した寸劇動画も多かった。つまりは二次創作も多かった。
Vtuberではよく、個性的なシーンをファンにひたすらイジられて、持ちネタ化するという状況が起こるが、アイドル部においてそれはひときわ盛んだった。

そしてアイドル部には他の箱(具体的には当時のにじさんじやホロライブ)よりもストーリー性があった。大先輩の電脳少女シロがいる事務所で、プロデューサーによるオーディションを経て集められた12人のアイドル志望生は、登録者5万人で3D化という目標を与えられていた。ついでに言えばそのキャラクター達は、リリースされなかった(艦これのパクリの)ソシャゲからの(悪く言えば)流用、よく言えば前世を持っていた。
アイドル部自身から提示されたこのストーリー性を掘り下げたMADも多く作られた。

アイドル部はこれらのファンメイドを逆輸入した。最たる例がアスタリスクとPrologueだろうけれども、他にもファンメイドの音源を公式でExtended音源化したり、品質の高いファンメイドを投稿していたMMDerを公式の映像作成スタッフに登用することもあった。それだけアイドル部ファンの間でファンメイドは重要な位置を占めていたし、運営もそれをわかっていたと思う。

なぜそこまでファンメイドが盛り上がったのか。
それは公式コンテンツの供給が少なかったからだと自分は思う。具体的には、配信自体とコラボが少なかった。歌も足りなかったが、当時はどこも歌は足りていなかったので、比較にはならないだろう。

アイドル部は被り禁止リレーのおかげで配信アーカイブが少なくライブ配信被りも起きないから、ファンとして追いやすいのは事実だった。
ただ、それは配信がない時間の多さも意味する。別に全部それを潰す必要は無いのだけど、熱心なアイドル部ファンはファンメイドに当てた。
(追記:あと、同じネタが擦られるのがアイドル部ファンで盛んだったというようなことを上に書いたが、配信が少なかったため、同じネタを長持ちさせる傾向もあったように思う)

ちなみに自分は個人勢やホロライブなど他にも片手間に見ていたものがあったので、ファンメイドは余程人気の出たものしか見ていなかったが、そういったものほどファンの共感を呼んだ、つまりファンの共通認識としてのキャラクター性やストーリー性、関係性、つまりは二次創作的認識がよく反映されていたと思うので、十分にファンのノリにはついていけた。

公式の供給が少ない、空白が多いということは、二次創作の入り込む余地が大きいということでもある。見えていない部分をどう読むかはファンの自由なのだ。
これが大きな間違いだった。

ファンの想像は止まらなかったが、現実はそれに追いつかなかった(はじめから追いつくも何もないのだけど)。ファンが望む現実は存在しなかった。
それが本人達から直接明かされるのが19年10月〜12月の一連の出来事なのだけど、実際にはそれより前からわかっていたことではあった。
運営はファンが望むような運営ではなかったし、ファンが望むほどにはタレント同士の関係は深くなかった。それは小さかったり大きかったりする出来事の積み重ねから見え隠れしてはいたのだけど、自分を含め多くのファンは、願望とファンの一体感を優先して判断を先延ばしにしていたと思う。
そのツケをまずは19年8月末に払うことになった。ここでのプロデューサーばあちゃるの発言に始まる一連の流れはあくまでひとつのきっかけに過ぎなかったと思われるが、この段階で、自分の望む二次創作的現実が存在しなかった、自分が現実だと思って見ていた美しさは自らの作りだした虚構だった、ということに気付いたファンが多数発生したと思われる。ファンメイド動画も一時的に引き下げられたり削除されるなどの反応が起こったし、絵描きのアカ消しも話題になった。
これが12月には行き着くところまで行ってしまい、ファンの大量脱落を引き起こすことになったと思われる。

ファンに夢を見せるのがエンターテインメントなのかもしれないが、当時のアイドル部にはどうやら虚構が多すぎた。それもファン自身が作り出した虚構がかなりの割合を占めていた。グループの誰と誰が仲良しなんて、9割がエピソードの実態のない妄想だった。

キャラクターの向こうには実際の人物がいて、実際のエピソードがあり、そのほとんどはこちらには開示されない。だからといって想像と願望でそこを埋めようとすると、実在の人物をキャラクターとして消費することになりはしないか。自分は当時、現実の人間に対してそういうことをしていた自分に気づいてかなり落ち込んだ記憶がある。当時のアイドル部のファンにはわかってくれる人もいると思う。
配信者やタレントには、人生を切り売りしていると表現される人がしばしばいるが、虚構でデコり倒してエンタメ化する人とどっちがマシだろうか。比較するなら、自分は前者の方が今は好きだ。というより安心できる。

さて、冒頭でVtuber(やキャラクター)と括弧書きしたことについて少し触れる。
なぜ完全な虚構たるキャラクターを括弧書きで入れたのかと言うと、Vtuber以外にもキャラクターに人間を当てはめるコンテンツが存在しうるからだ。例えばアイドルマスターのライブとか。
さらに一歩進めば本当にフィクションの演技、ドラマや映画アニメという話になってくるけれど、何かの役を引いた人が私生活でも役に相応しい振舞いを(ファンなどから)求められるということはたまに聞く。あとは悪役がハマりすぎて現実で嫌われるとか、微笑ましい話ではあるけれど、地続きの話でもある気がする。

こうしたところもあり、自分はVtuberの二次創作からはめちゃくちゃ距離を置いている。単なるイラストはいい。ただ、SSや漫画とか3D寸劇とかまでいくとダメだ。生モノだ。
正解が現実にリアルタイムで存在するものの二次創作は、受け入れるのが難しい。公式の供給が少ないということは二次創作の入る余地がある、と上の方で書いたが、Vtuber等生モノについては、本当はむしろないのだ。現実に隙間なく連続的に生きているんだから。
公式のホロぐらとかも割とだめで、アイドル部にも学園動画とか日常動画だか忘れたが同様の寸劇があり、自分は当時からアレがダメだった。公式なのだから正解としてもいいのかもしれないけれど……。
結局本質的には、キャラクターではなくその絵の向こうの人が本体で、その人のパーソナリティを楽しんでいたのだった。まあ、それなら絵抜きで実写でも楽しめるか、と言われると難しい気はするのだけど。
なので、極端な話、キャラクターであれば公式と二次創作の解釈違いの場合公式が間違ってると強弁できなくもないのだけど(公式が間違えることは本当にある)、現実に主体を持つ存在としての人間でお人形遊びをするのは個人的な楽しみとしてはあまり受け入れにくい。
アイドル部ファン時代はそれを楽しめていたのだけれど、それは二次創作の余地があるキャラクター性の大きな存在だと勘違いしていた自分の間違いだった。
(別にVtuberをキャラクターとして認識することや生モノの楽しみを否定するわけではなく、自分の中で本来はどう扱うべきだったかというところを間違っていたという個人的な話なので、そこは留意して欲しい。)

なんにせよ、現実の人間に自分の願望(キャラクター性)を押しつけるのはやめよう、その人本人を尊重しよう、ということをアイドル部から学んだということで話を終わりたい。

アイドル部はもうなくなったらしいしその後のどっとライブももう見ていないので今どうなっているのかは全くわからないが、運営もタレントもファンもきっと成長していることだろうと思う。
自分も、アイドル部での反省を活かしながらVtuberないし配信者を見ることが出来ているような気がする。