安倍氏の死去に際して国葬儀が行われるらしいと聞いた。もう決まったのか、どう決まったのか、よく調べていないが、世論としては賛否がかなり分かれているらしい。それはそうだ。

まず初めに書いておくと個人的には反対である。だって吉田茂以来と聞くと、そもそも国葬とはなんなのか、何故これまで元首相の死去のたびに行われてこなかったのかという疑問が出てくる。80年以降は「内閣・自民党合同葬」が踏襲されてきたということで、つまりは伝統的な行事ではないということだ。
自分は実は保守的な考え方をする方なので、「いきなりなぜ今頃になって新たに吉田茂の真似事をするのか?」という方向に関心がいく。

安倍氏の政治家としての評価・国家への功績にもまた賛否があろうかと思うが、これも個人的な感覚として、安倍氏の功績で国葬に値するなら、吉田茂以降何人もそれに値する功績を挙げた総理大臣はいたと思われる。
例えば存命中に大勲位を受勲した佐藤栄作や中曽根康弘もそうで、佐藤栄作は一部国庫支出のあった実質国葬ではあるものの、国葬とはしなかった。そちらはそちらで問題があると思うが、その二名より安倍氏が優先される理屈は特にないように思う。なので功績等は理由から却下する。

もうひとつ挙げられるのは歴代最長の在任期間ということだが、単に長ければ良いというものではない。長く在任したから国葬、というのは乱暴だと思うし(今後一定以上在任した総理経験者を一律で国葬とするなら別だが)、上記二名より優先する理由にはやはりなっていないように思う。
加えて言えば、安倍氏が更新するまでは佐藤栄作が戦後最長政権だった。なので在任期間も却下する。

じゃあ何が他に挙げられるかと考えると、自分の頭では「殺されたこと」しか思いつかない。
首相経験者が殺されたから国葬する、これもちょっとどうかとは思うのだけど、国家的には大変なショックを与える事件であるため、まあそのような事件を受けて国民感情が高ぶるなら特別扱いしても良いような気もする。
ところがどうやら国葬反対世論は三割以上あるどころか世論調査によっては賛成を上回るらしく、その状態では特別扱いする程とは思えない。

じゃあもうその辺の思いつく限りの建前をぶっちぎった、何かしらの思惑によって国葬が執り行われると考えてもいい気がする。
安倍氏の国葬を行うとどういう効果があるのか?

自民党内には安倍派閥(清和会)があったので、自民党内事情としてのそちらへの目配せがまず考えられる。政権与党というのは与党の都合で国をどうこうできる力がある。

また、特別扱いをする、ということは逆説的に「特別扱いされるだけの価値がある人だ」という印象を与えられる。これによって安倍氏の偶像化を促進させることが可能である。聖人化と言ってもいい。
安倍氏の偶像に利用価値を感じる人々がいることは想像にかたくない。そもそも近年の安倍氏は特定の思想集団において既に偶像化されつつある象徴と化していた。他にそのような実例の極端なものとしては、Qアノン等において偶像化されたトランプ元大統領がいる。
今後さらにこのような安倍氏の偶像を信仰するよう変質した思想派閥が、一部自民党政治家や有識者の中に生まれてくるかもしれない。

まあなんかそれくらいしか思いつかない。

あと今回の事件の容疑者は、旧統一教会への私怨に基づいて、旧統一教会を(少なくとも目に見える形で)支援した安倍氏を殺害した、という構図のようなので、世間一般で安倍氏の偶像化が進むのは統一教会としてもありがたいのではないか。
関係が公に知られるところとなった今、安倍氏は未だ統一教会の権威付けに有効な存在である。安倍氏の偶像化が進めばその効果も高くなる。
そしてこういう団体は、信者と社会の間に断絶を設けることで連帯感や信仰心を強めるのだが、統一教会を敵視した犯行やそれに伴い統一教会批判が増えることはそれに寄与する場合がある。「容疑者に同調する世間がおかしい」ということである。
そうなると世間との断絶が深まるのみならず、統一教会信者としては安倍氏を統一教会の殉教者に類する存在として認識することも不可能ではない。
(統一教会批判は当然与えるダメージが大きいと思うし増えた方がいいと思うけれど、批判のゴールにきちんと統一教会被害者の救済や政治からの統一教会排除といったものを据えていないと、逆に統一教会に利する可能性がある気がする)

まあなんとなく、安倍氏の偶像化というところに重きが置かれてそうだなあと個人的には思うので、そういう点で国葬には反対である。まあ安倍氏の功績を全く評価していないのもあるが、それはいったん置いておいて。
まあ、事件が起こった直後から「これは安倍ちゃんを聖人化する動きが出てくるぞ……」と思っていたので、その線で物を見すぎかもしれないが。