2021年3月27日(土)、ラストフルメジャーを見たので感想を書く。まず見る前の期待感から書いていき、後ろになるほどネタバレ度が高くなるので注意。とはいえネタバレでつまらなくなるタイプの映画ではない気もする。

私はなんというか、過去の出来事について証言や資料を集めて迫っていくような作品が好きだ。夢野久作の瓶詰の地獄とか殺人リレー、火星の女、ドグラ・マグラにもそんな章があり、資料をそのまま貼り付けただけのような書き方がされている。これはモキュメンタリーの手法に近いところがあり、あえて現実の事件を装わなくとも同様の効果がある。ネットで話題になったところだと、阿澄思惟(三津田信三)の忌録がそういった作りであり、事実忌録(特に綾のーと。)はその発表手法によってモキュメンタリーそのものとなっている。

こうした作品では描かれてこそいないものの資料を見る主体が想定されており、その役割を読者に与えることで没入感を増す。この感覚は現実に未解決事件の考察サイトなどを読んでいる時の感覚に近く、実際先程挙げた忌録の「みさき」は現実の未解決事件の資料を装っている。推理力に優れたアクの強い探偵が奇抜な活躍を繰り広げるドラマよりも、自分自身もしくはそれに近いある意味無能な人物が、わかりやすい資料をあたって自ずと辿り着く謎に迫っていくという構図の方が馴染みやすい。

こうした構造は別にモキュメンタリーに限らないというか、むしろドキュメンタリーの本領だ。ラストフルメジャーもその構造を持っている。作中において過去となった出来事を調べていくストーリーで、主人公はベトナム戦争や名誉勲章について観客とほとんど同じレベル以下の認識しかないし、別に推理力もなく、ただ証言や資料を集めるだけの役割だ。作品紹介文によると主人公が証言を追う中で陰謀が明らかになるようで、非常にワクワクさせられる。

と、見る前にどんな期待をしていたか書いたところで、以下感想を箇条書きめいた感じで書いていく。

・おじいちゃん祭り

ベトナム帰還兵の証言を集める話なので当たり前だが、おじいちゃんがめちゃくちゃ出てくる。爺フェチは見るべきだろう。回想で若かりし頃の姿が頻繁に出てくるのも、その時の経過まで味わえる爺フェチにはたまらないところがある。私は爺フェチではないけど……。難点は、若かりし頃の姿が完全に別人なので、唯一の黒人以外誰が誰か全然わからないところだ。これは予習してから行った方が良いかもしれない。公式サイトに並べて載せといてくれ。パンフレットにはあるらしい。

・MCU好きにはまあ悪くないかも

主人公のハフマンを演じるのはセバスチャン・スタン、帰還兵の一人タコダを演じるのはサミュエル・L・ジャクソン。バッキー・バーンズとニック・フューリーだ。あと、タリーを演じるのはウィリアム・ハート、ロス将軍だ。だからどうということもないけれども。ちょうど今やっているバッキー&翼(ファルコン&ウィンターソルジャー)にもロス将軍の名前が出ている(エンドロールの背景)。三人ともフェーズ4のキーパーソンとして、顔を思い出しておくと味わい深いかもしれない。

・演技力でゴリ押す

おじいちゃんたちは名優ぞろいなので、やはりしっかりした演技を見せてくれる。タリーが胸の内を明かすシーンでのウィリアム・ハートの熱演は誰もが目を見張ると思うし、いずれもベトナム帰還兵の凄み(というよりも病み)と苦悩を言葉抜きに伝えてくる。個人的にベストはピッツェンバーガー父のクリストファー・プラマーで、この話はこの爺ちゃんのためにみんなが頑張っているという側面があるのだけど、そうさせるだけの説得力をキャラに持たせている。老人たちに負けずセバスチャン・スタンも好演。正直なところ作品としては微妙なのだけど、彼らの演技力によって強引に見る価値がある映画にまとめあげているところが大きい。

・説明がわかりにくい

全体的にわかりやすさへの気配りがされていない。若い頃の見た目が違いすぎて誰が誰かわからないのもそうだし、話の筋道も今どこに重点を置いているのかわかりにくく、結果として最も重要な「なぜ30年もの間授与されなかったのか?」さえ曖昧なままになってしまっている。脚本の説明が足りていない。たとえば作中で終始問題となっているアビリーン作戦について、この映画を終わりまで見てどれくらい理解できるだろうか。アビリーン作戦とそこであった出来事について俯瞰的な説明がなく、断片的でぼんやりした証言・回想が全編にわたって散らばっている。

・ベトナム戦争という題材は当事者国以外にはやや難しい

これは承知の上で見に行ったのだけど、ベトナム戦争や帰還兵に対する感覚というのはやはりアメリカ人特有のものがあり、そこに訴えかけるような演出もある(と思われる)ので、どうしても温度差が生じる。こうした作品ではそうしたギャップ、「自分にはわからないものがある」ということを理解することも主要な目的の一つだけれども、当然その分楽しみにくいところは出てくる。

・泣かせにかかってくる

わりと泣かせにかかってくる演出があるので、涙もろい私はけっこう目を潤ませながら見ていた。正直なところ、感動として消費させようという狙いを感じすぎて、題材へのリスペクトが足りないような気がしたのだけど、当事者国的にはむしろストライクなのかもしれず、上述したわからなさの問題はこういうところにもかかってくる。特に植物園の中でハフマンが感極まり涙するシーンは、セバスチャン・スタンの熱演とは裏腹に、感極まる理由が私には全く伝わってこず、完全に置いてけぼりをくらった。というか植物園のシークエンスは全体的に意味がわからなかった。むしろベトナム戦争時の環境のままな方が感極まるのもわかるのだけど、全く跡形もなくなっているのにそこまで感情を揺さぶられるのは感受性が限界突破している気がする。しかしそれも当事者国の感覚では違うかもしれないのが難しい。まあ事実ならしかたないけど、なんか植物園のくだりは十割脚色な気がする。とはいえ致命的にわからないのはここくらいで、あとはわりとわかりやすい泣き所なので、私みたいな無知な日本人でもそこかしこで泣けると思う。

・いい人ばっかり

出てくる人がみんないい人。主人公ハフマンの同僚スタントンのみやや俗人だが、他はみんないい人だった。悪い人がいないという点ではストレスフリーに見ることができるのだけど、一方で人物造形の不自然さが目についた。語弊のある言い方だが、教育ビデオドラマみたいな感じの脚本優先感がある。特にハフマンの妻タラ、キーパー、ピーターズ長官、ホルト上院議員については脚本に動かされているような違和感を感じた。特にタラについてはなんとなく聖母感があって人間味がなく気味が悪かった。

・陰謀なんてあったっけ?

終わりまで見て、特に陰謀というほどのものがあったような印象を持たなかった。一度見ただけなので理解力が足りなかったのかもしれない。推薦書が隠されていたのは30年間ずっとなのか?作中ではごく最近だけ、スタントンの独断のような印象を持った。ホルト議員のために本人の了解も得ず勝手に気をまわして省をあげて策を弄し30年間拒否してきたというのは考えにくい。というかスタントンはずっとそのポジションだったわけでもないだろう。映画紹介なんかだとホルト議員まわりの陰謀という印象になるが、普通にいい人だったのでよくわからなくなる。アビリーン作戦というアメリカ軍の失態を隠すためだと言っても、そもそもベトナム戦争自体が失敗ではないのか。というかアビリーン作戦って隠されてたっけ?過小に発表されてたんだっけ?フレンドリーファイアもピッツェンバーガーの功績には関係がない。だいいちピッツェンバーガーは名誉勲章ではないものの空軍十字賞をもらっている。とにかく作中「このために30年間拒否されていた」という明解な説明はない。この感じだと、むりやり謎を付け加えただけで、実は現実ではなんのドラマ性もなかったりするんじゃなかろうか。単に紛失してたとか、あるいは推薦書とか関係なく資料不足だったとか……。

・オチが腑に落ちない

これも国が違うからだろう。みんなを立たせてみんなに拍手で終わり!がいいのか悪いのかは当事者が決めることだけれども、私はもう少しほろ苦さというか余韻を残して欲しかった。ちょっと明るすぎる。でもこれはこれでいいよね!という感覚もアメリカでは素朴なものとしてあるのかもしれないし、それなら私が文句を言うところでもない。ただ、その音頭を取るピーターズ長官は作中マジで何もしていない上この演説に至るまでスタンスすらはっきりしないので、感情的には、こいつに褒められてもなあ……という感じがぬぐえなかった。またその前段階としてハフマンの告発があるのだけど、あれは告発シーンを描写しないとダメだろう。なぜ省略したんだ。一番カタルシスをもたらすシーンじゃないか。セバスチャン・スタンの一番の見せ場になるはずだったのに。

・全体的に解像度が低い

ベトナム戦争についても、ピッツェンバーガーについても、キャラクターも全て解像度が低いと思った。マジで教育ビデオ的なクオリティ意識で作ったんじゃないのかと思わなくもない。それをカバーしているのが各俳優の演技で、なまじ素材がぼんやりしている分演技によって肉付けされているのがよくわかると思う。この映画は実質的にはピッツェンバーガーの名誉勲章についてではなく、その周りの遺族や帰還兵がどのように過去と向き合うかという作品だと思うので、演技の貢献はとりわけ大きい。正直話自体は疑問符が残ったので、実際のエピソードで補完したいのだけど、この映画絡みの記事か英語のWikipediaしか見つからず、Wikipediaにはこの件は「約35年後見直され、(名誉勲章に)アップグレードされました」としか書いていない。気になる……。