ここの文章を多少なり読んだ人にはわかると思うのだけど、自分は頭が良くなく、文章力も低い。事実やデータに基づいて論理的に考えて整理した文章を書くのが苦手だし、物事に対する着眼や洞察も極めて平凡というか素朴というか、別にそれでお金をもらえる人と比較するつもりはないが、一般的に見て程度が高い方とは言えない。本も全然読まないので教養も全然足りない。

学歴上は比較的頭が良い方で、今の大学授業の成績基準がわからないものの、当時は秀・優・良・可・不可(だったかな?)の4点満点で、大学1年からずっと、だいたい平均3点くらいであった。成績上はそこそこではあったが、それ以外が極めてポンコツで、研究・実験は主体的にやらず遅々として進まないばかりかミスをして後退する始末だったし、就職活動では致命的なミスを連発して完全に失敗、新卒就職はできなかった。まあ、在学中に鬱症状を呈したのも良くなかったのだけど。
現在に至ってもポンコツなのは変わりなく、仕事では主体的に動かずミスばかりするという有様だし、プライベートでも事務作業に苦手意識があり全くできない。

(と、ここまで書いて思い出したけれど、大学時代に授業の評価が良かった要因は主にレポート提出型の授業だった(授業自体にはほとんど出ず毎回終わり際に入室して授業後レポートだけ書いてた授業で秀が出たこともある)ので、その頃は文章を評価されてたのかもしれない。)

頭が良くないので、時事についてだとか映画の内容についてだとかで気の利いた文章も書けない。素朴で雑然とした感想として書き散らかしている。映画についてあれこれ書いているのも単に備忘録であり一人遊びにすぎない。
だから、他の人のちゃんとした感想やちゃんとした文章を見ると、勝手に劣等感を覚えてしまう。そんなに色々なことを考えているのか、そんなに気を行き届かせているのか、と驚くことしきりだ。Twitterのわずか140字以内1投稿で過不足なく複雑な主張や表現をまとめている人もかなり多い。

別に自分もそうなりたいと思うわけではないけれど、人のすごさを見かけては自分は足元にも及ばないなあと思い続ける日々だ。
インターネット、SNSの発展でよりそう思うようになったのだと思う。すごい人々が簡単に目に入るから。
それが良いことかどうかはともかくとして、例えば文章で言うならば、人より粗末な文章しか書けないからと言って、書くのをやめるということは多分ないと思う。書きたいことがあるから。それはここに書くかもしれないし、SNSに書くかもしれない。
他の物事でもそういうことで、至らないからといってやめるというわけではない。
自分には人並み以上にできるということがほとんどない。自認としては全くないのだけど、見逃しているかもしれないので、ほとんどとしておく。おそらくこれは一生変わらないだろう。
何事も人より上手にできないままそれでもやっていく、というのが最大限前向きにとらえた自分の人生なのだと思う。